とうやく391号(2011年5月号)学術欄

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薬用人蔘の効き方
―不老長寿の薬か、万病に効く薬か―


 薬学部 内分泌・神経薬理学教室
 教授 立川 英一(大23)



◆はじめに◆
 薬用人蔘には、昔から言い伝えられているような寿命を延ばす効果があるのでしょうか。また、様々な病気を打ち負かす力があるのでしょうか。このような神秘的なベールに包まれた薬用人蔘の薬能に少しでも迫り、お答えできればと思い原稿を引き受けしました。
 さて、皆さんは薬用人蔘に対してどのようなイメージを持っていますか。“あまりよく知らない”という方や、テレビや映画の時代劇の、“寝たきりとなった母親を貧乏長屋で看病している息子が朝、川でシジミを採って、それ売ったお金を貯めて、やっと数回分の薬草を買って母親に飲ませている”、場面を想像している方もいらっしゃると思います。或いは“滋養、強壮、不老長寿の薬”としてのイメージを持っている方もいらっしゃるでしょう。また薬学部で学んだ方は“漢方薬の重要な処方成分の生薬である”ことをご存知でしょう。
 そこで本欄では、最初に「薬用人蔘とは何か」、簡単に薬用人蔘の一般的な性質や歴史について、次に「薬用人蔘の効き目」について述べます。限られた紙数のため「効き目」に関しては、一研究結果だけをご紹介します。これまでに報告されている膨大な薬用人蔘の薬理効果の研究内容に関しては、末尾に挙げた書籍と学術論文をご覧ください。

◆薬用人蔘とは◆
 薬用人蔘は八百屋やスーパーで売っている“赤い人蔘”と同じ仲間でしょうか。薬用人蔘の学名は”Panax ginseng CA Meyer”です。
(図1)
日本での正式名は「オタネニンジン」ですが、高麗人蔘とか朝鮮人蔘とも言われています(図1)。分類学的にはウコギ科の多年草で、その根を薬用人蔘として用います。実際に使用されている人蔘には2種類あり、それらは白蔘と紅蔘です。それぞれ収穫後の処理方法が異なるため、根に含まれる成分に若干の違いが生じます。一方、赤い人蔘、carrot、はセリ科の植物で、薬用人蔘とはまったく別物です。私が岩手医科大学に在職していた当時、隣の研究室に中国人が研究に来ていました。彼に尋ねたところ、中国では、carrotにはまったく別の漢字を使い、胡蘿蔔(フルオボ)と書くそうです。韓国やヨーロッパでも異なります。生薬の人蔘と野菜の人蔘を区別していないのは、日本だけのようです。
 学名の「Panax ginseng」のPanはギリシア語で“すべての”、Axosは“病気の治療”とか“治癒”という意味で、ginsengはrenshengの“人”という意味から由来しています。つまり薬用人蔘は万能薬、すなわち万病に効く薬という意味で命名されたことになります。原産地は中国東北部や朝鮮半島で、日本では奈良時代に中国から渡来し、江戸時代に各地で栽培されましたが、現在では、長野、福島、そして島根で生産されています。
 薬用人蔘は既述しましたように多年草で、三年目あたりから一年に一回、写真のように花をつけます(図2)。そして、青い実となり、熟すと赤くなります。製品としての人蔘は根を太くし、商品価値を高めるため花は摘み取り栽培します。ちなみに葉や茎、また実にも有効成分は含まれていますが、根に比べその含有量はかなり少なくなります。6年栽培した根を6年根といい、有効成分が一番多く含まれています。この人蔘を収穫した後には、何年間も雑草が生えないと言われています。
 薬用人蔘の成分は主成分が糖などの炭水化物で、それに続くのがタンパク質、核酸、アルカロイド等の窒素含有物です(表)。一方、他の植物に比べサポニンがかなり多く含まれており、重量比で3-6%存在します。

(図2)
(写真提供 日韓高麗人蔘株式会社)

表 薬用人蔘の成分


成分
含量(%)


有機物




無機物
炭化水素
窒素含有化合物
サポニン
脂溶性物質
ビタミン類
灰分
水分
60-70
12-16
3-6
2
0.05
4
9-11


◆薬用人蔘の薬効◆
 薬用人蔘がどんな薬効を持つか調べる上で、よりどころとなるのが、『神農本草経』です。 この書物は中国の“天然物薬理学の古典書(バイブル)”で、漢の時代に、それまで経験的に疾病の治療に利用されてきた植物などの天然物の性質や薬効をまとめ集大成したものです。 ここに書かれている内容は少なからず現代の医学や薬学に相通じるものがあります。 神農本草経の中に、薬用人蔘について『人蔘、味甘く微寒、五臓を補い、精神を安んじ、魂魄(コンパク)を定め、驚悸を止め、邪気を除き、目を明らかにし、心を開き、智を益するを主る。久しく服すれば身を軽くし、年を延ばす』と記載されています。 要約しますと、「心、肝、腎、肺、脾臓の働きを保ち、精神、今の精神よりはもっと広い意味(広義)ですが、安定させ、さらに精神(狭義)不安定状態や動悸を止め、疾病の原因となる邪を除き、目の曇りをなくし、心を開き、頭の回転を良くする。 そして長期服用すれば、寿命を延ばす」、となります。
 このように薬用人蔘はあらゆる病気に効く万病の薬としての力を持ち、しかも不老長寿の薬としてこの書物では位置付けられています。 このような魅力的な薬能から優れた薬効を持つことが期待され、薬用人蔘、及びその成分の薬理作用に関する研究が活発におこなわれ、循環器系、呼吸器系、消化器系、並びに免疫系疾患、さらに悪性腫瘍など様々な疾病に有効性があると報告されています。 そのため学術論文数は5,000報以上にも上り、生薬の中でもっとも研究されている植物です。

★風邪に効きますか
 愛媛県松山市で医院を開業されている金子仁先生が調査研究した報告があります。 これは私がオーガナイザーを務めた日本薬理学会のシンポジウム(2003年)で、金子先生が講演した内容にご自身が新たに手を加えまとめたものです。
 ちょうどインフルエンザが流行した年、ある老人病院で職員の多数の方がインフルエンザに罹患しました。 インフルエンザと風邪はまったく異なる疾患ですが、症状はかなり似ています。そのためこの調査では、インフルエンザと風邪を合わせて風邪症候群として扱っています。 (1)発熱、(2)風邪感を伴う全身症状(悪寒、倦怠、関節痛、筋肉痛など)、(3)気道の炎症症状(喉の痛み、咳、痰、鼻汁、鼻閉など)、以上三つの大症状のうち、どれか二つ以上の症状を充たしたものを罹患発症者としています。 職員90人中、半数以上の57%が風邪(症候群)を発症しました(図3)。 ところが、以前から健康維持のため、あるいは疾患があるため薬用人蔘を服用していた職員は14人中4人の29%しか風邪に罹りませんでした。


(図3)

(図4)

 しかし別の研究で、たまたま偽薬(プラシーボ)を服用していた職員の73%が風邪に罹っていました。 このパイロット調査結果に好感触を得ましたので、さらに2年間の大規模累積調査を実施した結果が図4です。 受診してきた患者さんの12,000人余りの約5%が風邪に罹りました。 その内940人が薬用人蔘を服用しており、その患者さんたちは1.4%の人しか風邪に罹りませんでした。 このように薬用人蔘には、確実に風邪(インフルエンザを含む)予防効果があります。 薬用人蔘が免疫力を活性化し、さらに神経系や内分泌系機能のバランスを保ち、体の環境を整え、抗ウイルス、及び抗菌作用を発揮したと考えられます。 記憶に新しいことですが、一昨年の春ごろから昨年初めに新型インフルエンザの流行で、世界的にパニックになりかけました。 その時韓国では、薬用人蔘が爆発的に売れ、品薄になったそうです。風邪予防効果についての詳細なメカニズムについては、さらに研究が必要です。 また、薬用人蔘の投与量、期間、一日の服用回数についても、きちんと確立されていません。 曖昧に使用されているのが現状です。科学根拠に基づき、正しい服用法も決定する必要があります。 有害作用は少ないと考えられますが、過剰な摂取は禁物です。体に良いものでも摂り過ぎは害を招くのと同じです。

◆終わりに◆
 薬用人蔘の主要な有効成分はサポニンであると考えられます。 サポニンはアグリコン(ステロイド様骨格)に糖が結合した構造を持ち、様々な植物に存在しますが、薬用人蔘には、人蔘独自のサポニン、“ジンセノサイド”と呼びます、が、十数種類も存在します。 ジンセノサイドそれぞれが固有の作用を持つことも立証されており、さらに服用した際、消化管で糖の部分がちぎれ、吸収されて薬理作用をあらわすことも報告されています。 これらが人蔘の持つ多種、多様な作用を発揮する源になっているのかもしれません。
 最後に、私の研究で未発表のデータをご紹介して、この欄を締めくくります。 マウスに若いころから死亡するまで薬用人蔘の適量をエサに混ぜ、飼育してみました。 その結果、マウスの加齢による老化現象(毛づやの消失、脱毛、運動機能の低下など)、並びに寿命は薬用人蔘を摂取していたマウスと普通のエサを食べていたマウスとの間で、ほとんど差はありませんでした。

参考文献
・「朝鮮人参秘話」 川島祐次 著 八坂書房
・「高麗人蔘最前線」 長谷川秀夫 著 健仁舎
・「Ginseng pharmacology」 Attele et al., Biochemical Pharmacology 58: 1685-1693 (1999)
・「Proof of the mysterious efficacy of ginseng: basic and clinical trials」Tachikawa et al., Journal of
  Pharmacological Science 95: 139-162 (2004)
・「Pharmacology of ginsenosides: a literature review」 Leung et al., Chinese Medicine 5: 20 (2010)


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