一般用医薬品制度改革
新しい「薬の専門家」登録販売者の誕生
東京薬科大学薬学部
社会薬学研究室准教授 宮本法子 (大20)
これまで市販薬、大衆薬、OTC薬、一般薬と歴史的に色々の名称で呼ばれてきた医薬品が、「一般用医薬品」として、初めて法的に定義される。
2006(平成18)年の薬事法改正案の可決成立によって一般用医薬品販売制度が動き始め、3年間の経過措置期間を経た後、2009(平成21)年度に確立する。
この一般用医薬品制度は医薬品の販売形態を様変わりさせるものといわれている。この一般用医薬品制度が成立するまでを簡単に追ってみる。
一般用医薬品制度の歴史的経緯
1994(平成6)年、「薬局や薬店等で売られている市販薬をコンビニエンスストアやスーパーマーケットで自由にどこでも買えるようにすべきである。」との販売規制緩和策が、政府が進める規制改革の課題として出てきた。翌年には、規制改革推進計画が閣議決定され、規制緩和小委員会が設置され「一般用医薬品の薬事法による規制の緩和」の議論が始まった。「コンビニエンスストアで薬を買えるように」この時から10数年の間、医薬品の販売について、利便性と安全性のどちらを優先すべきであるかの論議が続いたことになる。患者の利便性を優先すべきであると主張する勢力に対して、医薬品を規制緩和の対象にしていいのかという強い反論があった。激しい議論を戦わせた末、1999(平成11)年と2001(平成13)年に、医薬品のうち作用が緩和で安全上特に問題がないものを、医薬部外品(371品目)に移行し、コンビニエンスストアなどの一般小売店での販売が認められた。この議論の最中、医薬品販売において薬剤師の関与が否定されようとした時、「一般用医薬品といえども患者の安全性確保のために医薬品は、薬剤師から受け取りたい」と、訴えたのは薬害被害者の方々であったと伺った。
それからわずか数年後にわが国の医薬品販売制度は、根底から見直されることになったのである。これはコンビニエンスストアで医薬部外品を自由に買えるだけでは納得せず、「医薬品のまま自由販売を認めよ」という総合規制改革会議の主張が強かったからである。
2004(平成16)年、総合規制改革会議は、規制改革・民間解放推進会議に改組し、よりいっそう規制緩和策を強めた。同年、厚生労働省は「厚生科学審議会・医薬品販売制度改正検討部会」(検討部会)を設置し、医薬品の販売制度の抜本的な改革を目指す議論を始め、一般用医薬品制度改正に向けて基本的な方向を打ち出していった。
それは、医薬品のリスクの内容やその薬理作用だけでなく(1)適正使用のために必要な情報提供の内容や、消費者の状況(小児、妊婦、高齢等)を考慮する(2)医薬品の選択、使用上の注意の喚起には、どのような情報提供が必要か。(3)情報提供のあり方については、副作用の発現の態様等、医薬品のリスクの程度に応じて検討すべきではないか。(4)副作用の未然防止だけでなく、その拡大を防止するための情報提供のあり方等々、多数の意見である。
この検討部会の意見書を踏まえて2006(平成18)年薬事法の一部改正案の可決成立をみたのである。一般用医薬品の販売に関し、リスクの程度に応じて専門家が関与し、適切な情報提供等がなされる、実効性ある制度の構築を目指したものである。
一般用医薬品の定義
一般用医薬品は改正薬事法25条の医薬品販売業の許可の種類の中で定義されている。
「医薬品のうち、その効能及び効果において人体に対する作用が著しくないものであって、薬剤師その他の医薬関係者から提供された情報に基づく需要者の選択により使用されることが目的とされるものをいう。」
すなわち、薬剤師やそれ以外の医薬関係者から提供された情報に基づいて利用者が選んで購入する医薬品であると規定されたのである。
リスクによる分類
この改正の焦点は、一般用医薬品を健康被害のリスクの程度に応じて3つのグループに分類し、その分類ごとに販売方法や販売者の定義が行われるものである。これらの販売者について、「薬の専門家」といえば薬剤師のみであったが、新しく「登録販売者」の資格を作り、限定された医薬品の販売を認めるものとした。
薬剤師のみが販売可能な第一類医薬品は、「その副作用等により日常生活に支障を来す程度の健康被害を生ずるおそれがある医薬品のうち、その使用に関し特に注意が必要なものとして厚生労働大臣が指定するもの」と規定され、
健康被害を起こすリスクが特に高い医薬品(11成分)であり、一般用医薬品としての使用経験が少ないなど、安全上特に注意を要する成分を含むものと規定される。一方、第二類医薬品は、「その副作用等により日常生活に支障を来す程度の健康被害を生ずるおそれがある医薬品であって厚生労働大臣が指定するもの」でありリスクが比較的高いものである。そして第三類医薬品は「第一類及び第二類以外の一般用医薬品」とされ、リスクが比較的低いものであり、日常生活に支障を来す程度ではないが、身体の変調・不調が起こるおそれがある成分を含むものと規定される。これら第二類・第三類医薬品は、薬剤師又は登録販売者が販売できるとしており、実質的に登録販売者は、一般用医薬品の大半(485成分中474成分)を販売できることになる。
販売形態が大きく変わる
従来の概念と大きく変わるものは販売形態である。現在の一般販売業、薬種商販売業、配置販売業、特例販売業の4形態のうち、一般販売業、薬種商販売業、特例販売業が「店舗販売業」に統一され、それと「配置販売業」との2形態に変わる。この店舗販売業には、薬剤師又は登録販売者を置かなければならないことになる。現行の一般販売業の場合には、医薬品の販売に当たっては、薬剤師の常駐が必須であるが、改正後は、店舗販売業となるため、第一類(薬剤師必要)医薬品を置かない限り、登録販売者だけで足りることになる。
現行の薬種商販売業は店舗単位の登録であったのに対し、登録販売者は個人に与えられることになり、現在、薬種商として営業している者は、登録販売者に移行する。
さらに一番大きく変わるのは配置販売業である。これまでは資格試験を経なくても、5年間の実務経験があれば、配置販売業の資格を得ることができたが、法改正後は、登録販売者の資格を取得しなければならない。
特例販売業は、薬局などが整備されていない離島、山間部、空港、駅などで営業されているが、改正後は、特例販売業を規定する現行法第35条は削除されることになる(経過措置として現在の特例販売業者は残る)。
これらの薬事法改正により、売る側・買う側の双方にとって、これまでと全く異なる権利義務関係が形成されることになるため、本改正案は、従来の医薬品販売制度のあり方を根幹から変えるものであることに他ならない。
新「薬の専門家」登録販売者とは?
新しい「薬の専門家」として登録販売者の必要な資質を有することを確認するためには、都道府県知事の行う試験を受け登録を受けなければならない。この試験は2008(平成20)年度より新たに開始される。受験資格は、(1)大学(旧制を含む)薬学部の卒業者、(2)高校卒業者で1年以上の薬局又は一般販売業(卸売販売業を除く、薬種商販売業、配置販売業)の実務従事者、(3)高卒未満では4年以上の一般販売業の実務従事者等と定められる。
本制度では、登録販売者にふさわしい資質を厳正に審査するという理由から試験を免除する者を設けなかったことは特徴的である。この登録販売者試験は、(1)医薬品に共通する特性と基本的な知識(出題数20問)、(2)人体の働きと医薬品(出題数20問)、(3)主な医薬品とその作用(出題数40問)、(4)薬事関連法規及び制度(出題数20問)、(5)医薬品の適正使用と安全対策(出題数20問)の5項目(試験問題数120問)について筆記試験が行われる。今年度の受験者は全国で約3万人の予定と伝えられている。
表1 リスクの程度に応じた情報提供とそれに対応する専門家
リスク区分 | 対応する 専門家 | 質問がなくても行う 積極的な情報提供 | 相談があった 場合の応答 |
第一類医薬品 | 薬剤師 | 文書での情報提供を 義務づけ | 義務 |
第二類医薬品 | 薬剤師又は 登録販売者 | 努力義務 |
第三類医薬品 | 不要 (薬事法上定めなし) |
表2 医薬品販売業制度の改正
【現 行】 | 【改正後】 |
業態の種類 | 業態の種類 | 資格 | 販売可能の一般用医薬品 |
薬局 | 薬局 | 薬剤師 | 一般用医薬品すべて |
薬 店 | 一般用販売業 | 店舗販売業 | 薬剤師 又は 登録販売者 | 薬剤師: 一般用医薬品すべて 登録販売者: 第一類医薬品以外 |
薬種商販売業 |
特例販売業 |
配置販売業 | 配置販売業 |
情報提供の重要性
一般用医薬品は、「薬剤師等の情報によって、購入者が自分で判断して用いる医薬品」と定義されたが、ここで情報提供についてまとめてみる。
前述のように第一類医薬品の販売は薬剤師に限られているが、必要な情報提供としては、書面による情報提供義務が課せられる。これは健康被害のリスクが特に高いという第一類医薬品には、購入者側から特段の質問がない場合であっても積極的情報提供を文書で行うことが必要であるとする検討部会の提言を受けてのものである。
また第二類医薬品については、販売者は薬剤師ないし登録販売者のどちらでもよいが、書面による情報提供の努力義務が課せられる点が注目される。
さらに第三類医薬品については、販売者が能動的に情報提供する義務は課せられていないが、購入者からの相談があった場合については情報提供をする義務(相談応需義務)が課せられている。
なお、相談応需義務については第一類医薬品・第二類医薬品についても同様に課せられている。
終わりに
今回の改正は、1万3千品目にも上る一般用医薬品を、副作用等のリスクに応じ3つのグループに分類し、それぞれについて、(1)販売に携わる者が限定され、(2)販売時に情報提供させる者と方法が定められ、(3)相談されたときの情報提供の内容に差異を設ける、という極めて大きな改革となる。
未だに「コンビニエンスストアで買えるのは『医薬部外品』であるにもかかわらず、『医薬品』が買える。」と勘違いをしている市民や関係者も多いなか、さらなる一般用医薬品の販売制度が新たな混乱を招くのではないかと危惧されるところである。
また、一般用医薬品のうちの、何を、誰から購入したのか、そして誰から情報提供されたのか、を明らかにするための作業が進行しているところではあるが、このような複雑な制度を市民が理解するまでには相当の時間を要することが予想されよう。今回の薬事法改正による一般用医薬品の販売制度は、その適正使用と市民の安全性確保のための制度であることを、薬剤師や薬学関係者が積極的に伝えていかなければならないものと考える。