とうやく384号(2009年1月号)学術欄HOME > 学術欄 |
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ヒ素 ヒ素と言うとあの怖い毒薬を思い出される方も多いと思います。ヒ素は古くから「石見銀山(いわみぎんざん)」の名で知られ、人々を大いに怖がらせました。これはネズミ殺しとして用いられた毒薬で、その成分は亜ヒ酸(三酸化二ヒ素)です。実は石見銀山からはヒ素を含んだ硫砒鉄鉱が大量に採掘され、精錬過程で生成した副産物が亜ヒ酸で、その鉱山の名にちなんでこう呼ばれました。平成10年に起きた和歌山毒物カレー殺人事件の原因物質もこの亜ヒ酸です。フランスの小説家フローベールの「ボヴァリー夫人」では恋に破れた主人公ボヴァリー夫人が毒薬庫から亜ヒ酸の瓶を取り出し、毒を呷って息絶えるまでの症状が写実的に克明に描かれています。一方、ヒ素は携帯電話やパソコンなどを製造する過程で重要な物質でもあります。またヒ素は海産物、特にヒジキ、ワカメ、コンブなどの海藻やエビ、カニ、ヒラメなどの魚介類にも多量に含まれていと聞くと驚かれる方も多いと思います。ここではヒ素について一般的な解説をしてみたいと思います。
ヒ素の歴史
ヒ素は古代ギリシア時代や古代ローマ時代には暗殺や自殺などに用いられ、またヒポクラテスは皮膚疾患の治療に用いたと伝えられてます。古代中国でも強壮剤や不老長寿の薬として用いられていたと言います。16世紀にはイタリアでアクア・トファナ(トファナ水)と言う化粧水が上流階級の婦人に珍重され、それがまたたく間にヨーロッパに広がったと言われてます。この成分は亜ヒ酸ですが、悪用して若い恋人や旦那に飲ませたともいわれてます。そのため浮気の犠牲になった男性は数多いかもしれません。
ヒ素の分布 ヒ素は主に硫化物として自然界に産出し、鮮やかな赤色をした鶏冠石(四硫化四ヒ素As4S4)や黄色の雄黄(三硫化二ヒ素As2S3)、硫ヒ鉄鉱(FeAsS)などがあります。これらの鉱石は長い時間をかけて風化を受け、徐々に水に溶解し、池や湖を経てやがて川や海に流れ出ます。そしてヒ素は海産物などに濃縮され、海藻や魚介類に蓄積します。またヒ素は温泉水にも高濃度に含まれることがあり、定山渓温泉や箱根、湯河原の温泉では10mgAs/L以上のヒ素を含むこともあります。一方、インド、バングラディッシュなど東南アジアでは、地下水を汲み上げて飲料水に利用している地域で慢性ヒ素中毒が報告され、数10mgAs/Lのヒ素を含んでおり、皮膚の角化症や皮膚ガンに進行すると言われています。
ヒ素と環境動
ヒ素は海水や河川水中では化学的に安定な五価のヒ酸として存在します。
これらのヒ素は植物プランクトンや海藻に取り込まれるとメチル化を受け、さらにリボースと結合して毒性の低いアルセノ糖が生成されます。このヒ素化合物はさらに食物連鎖の上位に位置する動物プランクトン、小魚、大型魚類により生物濃縮され極めて毒性の低いヒ素化合物アルセノベタインが生成されます(図2)。
ヒ素の医薬品への応用
ヒ素は殺虫剤、シロアリ駆除剤として用いられてきましたが、医薬品としても用いられました。梅毒特効薬のアルスフェナミン(サルバルサン、606号)は余りにも有名で (図3)、ドイツのパウル・エールリッヒと日本の秦佐八郎が606番目に合成に成功した化学療法剤であります。
ヒ素の毒性と事件
ヒ素は毒性が高いと言われていますが、実際にどの位の量が危険なのでしょうか? 一般的にヒ素の成人に対する中毒量は5~50mg、致死量は100~300mgと言われています。しかし魚介類に存在しているアルセノベタインのLD50値は10g/kg以上でほとんど毒性を示しません。
ヒ素の医療への応用
中国ではヒ素化合物は古くから制がん作用のある鉱物生薬として使用されてました。また18世紀にはイギリスのトーマス・ファーラーが亜ヒ酸を1%含む炭酸水素カリウム水溶液(ファーラー液)を発明し、20世紀初期まで様々な疾患の治療薬として経験的に用いられてきました。我が国でも第六改正日本薬局法までファーラー液(ホーレル水)が収載されて、その適応症は貧血病、白血病、マラリア、慢性リウマチ、慢性皮膚病に効能があるとされてます。
おわりに
これまで行ってきたヒ素の研究を中心に解説してみましたが、かつて猛毒であった亜ヒ酸が白血病の治療薬に応用されるとは予想だにしなかったことです。今後は作用機序や有効成分本体の解明などを研究する必要があると思います。
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