とうやく394号(2012年5月号)学術欄HOME > 学術欄 |
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薬学教育におけるヒューマニズム・コミュニケーション教育の現状と課題
はじめに
最近の生命科学の進歩のもと、脳死臓器移植や遺伝子医療など医療をめぐる倫理的問題が社会にも広く周知されるようになってきている。医療における医の倫理は従来「ヒポクラテスの誓い」や「ナイチンゲール誓詞」に代表されるように専門職集団のモラルの問題として強調されてきた。 1981年に世界医師会において患者の権利を尊重する「リスボン宣言」が採択され、患者と医師の倫理的な関係は信頼関係の構築にあるとして、患者の自律やインフォームド・コンセントが受け入れられている。 薬学教育6年制の開始とともにヒューマニズムがコアカリキュラムの冒頭に挙げられているのも、このように社会における医学、医療の進歩と密接な関係があるのは自明の理であろう。 ○薬学教育モデル・コアカリキュラムについて 日本薬学会による「薬学教育モデル・コアカリキュラム」では全学年を通して「ヒューマニズムについて学ぶ」を冒頭に掲げている。 目標は「生命にかかわる職業人となることを自覚し、それにふさわしい行動・態度をとることができるようになるために、人との共感的態度を身につけ、信頼関係を醸成し、さらに生涯にわたってそれらを向上させる習慣を身につける」であり、薬剤師として生涯にわたって、人間存在・人間の生命に関与することへの責任を課されていることへのモラルを表明している。 ○東京薬科大学におけるヒューマニズム・コミュニケーション教育の現状 1年生は、前期に薬学入門の講義で薬剤師に求められる社会的ニーズと期待、医療スタッフとしての薬剤師の役割などについて学外・学内の専門家から講義を受け、広い視野から薬学を考え、薬剤師としての倫理観を培う基本を習得する。 後期には、体験型のヒューマニズム教育の第一歩として薬学入門演習IIを受講する。患者体験や介助体験などを通して、相手の立場に立って考えること、「患者」になるとはどういうことであるのかを体験学習する。 各領域の専門家から直接に教示していただくことで専門職への認識を高め、専門家が患者に対応する態度に接する機会になることも意図されている。 日々の生活の中で、自分を律すること、利他的な態度を身につけることを通して医療人になることを認識する第一歩となっている。 「医療倫理」では倫理的な考え方についての意義と内容を理解し、医療倫理に基づく判断や実践ができるような準備を行い、コミュニケーション論では主に体験学習により基礎的なコミュニケーションスキルを体得する。 (最近6年間の薬学教育で効果の実証されたSGDやシュミレーション学習、模擬患者(SP)さんとのロールプレイなど新たな教育手法を駆使しての学習者主体のヒューマニズム教育に関するテキストが最近出版されている*。)このように新入生は大学での新しい学びを体験学習や倫理的な問題意識を培う基礎を学ぶことから始める。 患者・他職種との信頼関係の構築可能な薬剤師というプロフェッショナリズムを確立するにあたっては、薬学的知識をもとより、患者・患者家族・他職種とのコミュニケーション技術を体得し、倫理的・法的な理解を基礎として、その上に利他性や人間性、説明責任などが求められる。 初年時の体験は高学年での実習場面で遭遇する困難な問題への判断や患者対応場面において自らに備わった態度、知識として自在に活用されることが期待されている。 ヒューマニズム関連選択科目で手話を学ぶこと、ボランティアに参加して人の役に立つ利他性を実感することは何物にも代えがたい財産になっていると言える。 知識は勿論のこと、知識を用いる学生が倫理的な問題を感じ取る力を育てること、体験から学んだことを自らの言葉に置き換えることへのサポートが重要な指導ポイントになる。 2年生ではコミュニケーションの基礎ともなる心理を学び、患者対応の基本を体験学習する。 身近な生活事象を倫理的な観点からとらえるためには問題に「気づく」ことが必要不可欠である。 倫理の問題を知識として学ぶだけでは絵に描いた餅とひとしく、大切なのは問題意識を持ち疑問を感じ、問題解決に知識を活用できる態度を育てることである。 医療心理学ではそれらを考慮して、薬を必要とする人間、或いは薬に支配されているかのような人間への温かなまなざしと態度を育てることを意図して「感じることや気づくこと」に関しての演習などを講義と並行して行っている。 3,4年生では薬学と社会、薬事関連法規の導入で専門家としての倫理が確認される。 社会が必要とする法規は、人としての内面の倫理規範が共有されて始めて人間に必要とされる生きた法規として理解されると言えよう。 社会における薬剤師の責任については学年が上がる毎にその認識が深まるように教育されており、このことは薬剤師としてのプロ意識の醸成につながる。 4年時の事前実務実習では東京薬科大学SP研究会のSPさんとの7回にわたるセッションがもたれ、コミュニケーションスキルの実践への適用がなされる。SPさんからのフィードバックは医療者となる学生への温かく、かつ厳しい応援メッセージとなっている。 5年生は実習期間以外の講義でヒューマニズムに関する問題提起などが学生主体にSGDにより展開している。 さらに6年次は、緩和医療の最前線からの講義を受講し省察がなされている。以上を表にすると次のようになる。
<ヒューマニズム・コミュニケーション関連科目一覧>
この他に、関連科目として次の3科目がある;(1)手話を学ぶ(科目名:芸能・文化)― 手話の基本的な表現技術を習得し簡単な会話ができるようになり、耳の聞こえない人たちの生活を理解し、課題を検討できる。(2)ボランティア(総合ゼミナール)-東日本大震災の被災地、福祉施設・高齢者施設や病院でのボランティア体験。(3)目からうろこのバリアフリー(総合ゼミナール)― 心のバリアフリーを進める。手話の実技はもちろんのこと、視覚・色覚・視力障害の体験、補聴器の謎の解明、盲ろう者との会話方法などを実践。
学生の課外活動として、平成19年度から22年度に展開した学生支援GP活動の継続事業として施設や病院での音楽演奏ボランティアや車いすバスケットボールの体験などを挙げることができる。 まとめにかえて 以上のように、本学の教育課程では講義に偏ることなく演習時間を多く取り、多様な職種の指導者、障がい当事者から学ぶ場を多く設けていることに特色を見出すことができる。 態度教育の意味合いも合わせ持つヒューマニズム・コミュニケーション教育においてはコアカリに準じたカリキュラムだけでは不十分であり、いわゆる「隠れたカリキュラム」「裏のカリキュラム」が学生に多大な影響を与えている。子どもが親の言うこと以上に普段の態度を学ぶのと同様に、態度教育では教員の何気ない態度や実習指導者の態度が学生に大きな影響を及ぼしている。薬剤師としてのプロフェッショナリズムの教育に必須のロールモデルは、実習先で出会う先輩薬剤師であり、身近にいる大学教員である。人生の少し先を歩む我々が、真摯に愛情をもって学生と向き合うことのできるような教育環境をつくることが現場の指導者や教員の責務である。今後とも卒業生の皆様のご支援ご指導の程よろしくお願いいたします。 ヒューマニズム・コミュニケーション教育関連の科目に関して、社会薬学研究室 宮本法子教授、薬学実務実習教育センター井上みち子教授よりご教示いただきましたことを記して感謝申し上げます。 * 日本ファーマシューティカルコミュニケーション学会 監修 薬剤生・薬剤師のためのヒューマニズム 羊土社 2011 |