放射性廃棄物の最も効率的な処理法は,廃棄物を一箇所に集め,燃焼処理することである.当初から予想されたように燃焼処理施設を引き受け入れてくれる自治体は現れない.かくして,廃棄物で満杯になった袋が各地に野積みになり,風雨に晒されている光景がしばしばテレビ放映される.また,各民家の敷地内に廃棄物として一時保管されている映像も見かける.近い将来,容器が破損して処理が厄介になることも予想される.今後,これに不住家屋が加わるので,可燃廃棄物は更に増加すると予想される.
筆者は,この閉塞状況を打開するために,可燃性放射性廃棄物は各自治体で処理することを原則とし,これを可能にする燃焼炉による処理システムを提案する.
提案する方法の骨子
- 前処理 内容物に塩化セシウム(または,塩化カリウム)並びに塩化ストロンチウム(または,塩化カルシウム)の希薄溶液を噴霧し,凍結乾燥する.
- 燃焼炉で燃焼する.
- 燃焼残さの放射能を測定し,保管廃棄の期間を決めて,保管廃棄にまわす.以後,自治体ごとに管理する.特に高放射能ロットは原発へ渡す.
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解説
まずは関係者のコンセンサスを
放射能に関する議論は,科学的というよりも感情論の様相が濃い.放射性廃棄物を燃焼してもSr-90や Cs-137は放出されないことを地区住民に理解してもらうことが第一歩である.
それには,事故直後に原子炉から各地に飛散して行く過程にあったSr-90,Cs-137と,現時点で汚染放射能として存在しているSr-90,Cs-137とは全く異なるエネルギー状態にあることを理解しなければならない.
SrとCsは地球上にはごくわずかしか存在しない金属元素で,それぞれカルシウムCaとカリウムKの同族元素ある.原子には原子間引力によって同じ原子同士が集まる性質がある.化学で学んだ各元素の物理的あるいは化学的性質は“10の何乗個もの原子が集まった状態”で観察される性質である.他方,原子炉内ではU-235の核分裂によって,100万電子ボルト(化学反応の10万倍)という桁違いに高いエネルギー状態にあるSr-90やCs-137が原子単位で放出されている.これをホットアトムという.原子炉が正常に稼働している状態では,ホットアトムのエネルギーは蒸気タービンを動かすエネルギーとして費消され,運動エネルギーを失ったCs-137やSr-90は核燃料棒に留まる.すなわち,原子炉外に出てこない構造になっている.今回の事故で,ホットアトム状態のSr-90やCs-137が原子炉外に放出され,水蒸気に吸着され,雲に乗って遠隔地に運ばれ,雨滴となって当該地区を汚染した. Sr-90とCs-137はこれらの過程で次第に運動エネルギーを失っていき,それぞれの同族元素であるCaやKに取り込まれ,以後,これらの元素と同じ行動を取ることになる.すなわち,Sr-90とCs-137は水の動きによって移動し,最終的には海に流れ込んで無限希釈されることになる.事故3年後,原発周辺の放射線量は半減していると報道されている.袋詰めにした廃棄物にはこの浄化作用が及ばない.これは,“何もしなくても30年経てば1/1000になる,decay out するのに対して,まじめに袋詰めにしたために300年も保管しなければならない”という,まことにナンセンスなことになることを意味している,また,今の状況が続くと,“除染はされたが,廃棄物に占領されて帰る場所がなくなる”ことになりかねない.焼却処理すれば, 1/100 以下に減容できるので保管廃棄も現実的になる.一日も早く,可燃廃棄物の焼却処理を自治体ごとにスタートさせるべきである.
消却処理が地区住民に受け入れられるために,“焼却処理すると,Sr-90 やCs-137が放出される”は杞憂であることを納得してもらわなければならない.そのために2つの日常経験を紹介しよう.
Srと CsはそれぞれCaとKの同族元素で,いずれも後者より原子番号が大きいので,前者の方が揮発性は低いと考えられる.
その1 ヒトには成人一人当り約6000 Bqの K-40(放射性)が含まれている.もし,焼却処理によって Cs-137が放出されるとすると,年間1000件の焼却処理をする火葬場では年間6 MBq の K-40 が放出されていることになる.火葬場周辺のK-40濃度が高いということを聞かない.
その2 田舎では,数十年前まで部落ごとに火葬場があった.CaとKは人体の重要な構成元素であるとともに植物にとっても重要な肥料元素である.もし,焼却処理によってSr-90 やCs-137が周辺にまき散らされるとしたら,火葬場周辺の田や畑はこれらの肥料は不要なはずであるが,こんな話を聞いたことがない.筆者は,“今回の原発事故で出た放射性廃棄物を燃焼してもSr-90 やCs-137が周辺にまき散らされることはない”と確信している,
塩化ストロンチウム液を白金線につけて,ガスバーナーにかざすと紫色の炎色反応が観察される実験を見学した記憶から,燃焼処理すると,Srが気化してくるのでは心配する人もあるかもしれない.しかし,木が燃える,数百度の温度ではストロンチムは気化しない.塩鮭を焼いている傍で塩辛さを感じることはないであろう.
序でながら,ここで山野を汚染しているSr-90 やCs-137の今後を予測する上で重要な経験則を紹介しておく.CaとKはいずれも重要な肥料成分である.後者は流亡性が著しいので年に数回,すなわち播種,移植等の農作業時ごとに草木灰として与えるが,前者は流亡性が少ないので年1回,冬期に苦土石灰として与えている.この事実は,Cs-137は比較的短期間に流亡するが,Sr-90 はより長く留まることを示唆している.すなわち,Cs-137のみのモニター値から汚染放射能の減衰程度を判定しては“早まった安全宣言”を出すリスクがあることを意味している.
沼地や火山湖などでは水の循環によるCs-137やSr-90の洗い出しはより遅れると考えられる.この場合,柳,川骨など湿地に強い植物を使ってこれらの放射性同位体を積極的に回収する.
各自治体における可燃性廃棄物の燃焼
筆者が提案している,燃焼炉は何も特殊なものではない.原発事故前に使われていた焼却炉が転用できると考えている.これに二重の安全策を講じておくことを提案する.その一つは保持担体の使用であり,他の一つは除塵装置をつけておくことである.
燃焼対象物に非放射性Cs+ Sr希薄液を噴霧しておく.対象物中に存在するCs-137や Sr-90は,物質量としては超微量である,そのまま燃やしたのでは異常行動を取る恐れがある.そこで,対応する非放射性同位体またはその同族元素で嵩上げして正常行動を取らせる手法である.具体的に説明しておこう.1 k Bq 当たりのCs-137や Sr-90は,物質量としてはおおよそ3×10のマイナス10乗グラムに過ぎない.この量では異常行動を取る恐れがあるので,非放射性CsやSr(または同族元素であるKやCa)で嵩上し,正常行動を取らせる.このようにもとのところに留めるために加える同位体を保持担体hold back carrierと呼んでいる.
Sr-90の汚染マップ
冒頭に述べたように,Sr-90による環境汚染はより深刻な問題である.Sr-90は野生動物の骨に集まっている可能性がある.域内で捕獲された野生動物は開腹して凍結乾燥して保管し,ある量集まったらまとめて燃焼処理する.この方法は,放射性同位体が生化学分野で使われ始めた約50年前に,日本アイソトープ協会に筆者が提案し.今日に至っている方法である.現在,Sr-90による汚染状況についてはほとんど分っていない.捕獲した野生動物について指定された部位のSr-90量に関するデータを蓄積することによって,Sr-90による汚染マップが得られるのではと期待する.
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