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3. ラジオルミノグラフィーによる放射能の定量測定

3.1 RLG の検出特性

放射能の算出式
 液シン(LSC)では,放射線による蛍光を波高選別器で選別し,あるエネルギー範囲に入る信号のみを 1 つの計数としている.RLG では,IP の感光層に到達した放射線のエネルギーを Eu の励起という形で蓄積し,BAS による解析時にこのエネルギーを PSL に変換し,画素子ごとに PSL 量として読取っている.
 RLG の原理については開発者の解説 (1),(2) があるが,RLG を定量的な観点から扱った論文はない.ある関心領域(region of interest, ROI)にA Bq の放射性同位体(RI)を含む測定試料を一定時間 IP に露光し,直ちに BAS で解析して得られる PSL 値 (PSLob)は A と式 2 で関係づけられる.PSLbgは BG 値である.LSCでは,壊変率dpmは計数率 cpmと計数効率 Eから式 3 で算出されている.
f1 式 1
f2 式 2
f3 式 3

 kは,1 BqのRIから放射された全放射線のエネルギーがIPに入射したと仮定したときのPSL値とする.Fは検出効率(IPに入射する放射線エネルギーの割合)で,幾何学的効率 [Fg,密着露光する全身オートラジオグラフ(WBA)切片やTLCでは0.5,RLG用マイクロプレート(3)では0.135],測定試料とIPの間に存在する物質による吸収 (Fab)及び自己吸収率(Fs.ab)などによって左右されるほか,P-32 のような高エネルギーβ線やγ線では感光層の透過による損失も係わってくる.
  kは,IP が放射線のエネルギーを吸収する効率(IP の応答感度)と,この吸収されたエネルギーを BAS が PSL として読取る効率(BAS の感度)の積である.これらには余りにも多くの変動要因があるので k を定数化することはできないし,またその必要もない.その理由は,測定試料は標準試料と同時に露光されかつ解析されて,後者との比較によって放射能(Bq)を算出する方法が採られているからである.
 各 RI について,ある条件下における Bq 当たりのおおよその PSL値を知っていることは測定値の統計変動を考えたり,PSLob を予想したりする上で意義がある.無限薄の C-14 または P-32をマイクロプレートのウエルにとり,乾燥後,ルミラー膜を介して 24 時間露光し,直ちに解析(ラチチュード 4,感度 10000, 1024 階調)した場合,それぞれ正味で 165 PSL/Bq(3),975 PSL/Bq(4) が得られた.C-14はルミラー膜と空気層(5 mm)による Fab を 0.7 とし,P-32 ではこれらによる吸収を無視して計算する.この場合の C-14 及び P-32 の k (24 hr) はそれぞれ約1750,7220 という値になる.また,この条件下でウエル内に存在する 1 Bq の C-14,P-32 からIP 表面に到達するβ粒子の数はそれぞれ約 8160 個(IP の保護膜による吸収もあるので,感光層に到達するβ粒子数は実際にはこれよりかなり小さくなる,具体的には6.定量全身オートラジオグラフィーに示したC-14吸収曲線参照),11660個と見積もられ,C-14,P-32β粒子は平均して約 0.020 PSL,0.084 PSL を与えることになる. PSL/P-32β粒子の値がC-14のそれとエネルギーから予想される値よりも遥かに小さいことは,P-32β粒子のかなりの部分はIPの感光層を透過していることを示唆している.

 fading
 普通の放射能計数装置と同じように,露光時間を延長すれば測定精度は向上する.露光時間を変えて露光し,同一条件で解析した場合,数時間まではPSLob は露光時間に比例して大きくなるが,そのうちこの比例性は成立しなくなる.これは,IP に蓄積されたエネルギーが fading 過程によって失われてゆくためである.fading には幾つかの経路が存在する(5)といわれているが,単純化するために fading 経路は 1 つで,その半減期は T として扱う.露光時間と PSL 値との関係は放射化の式(6) と同じように扱うことができる.いま,t 時間露光後直ちに解析して得られる PSL 値を PSLt,無限大時間露光した場合のそれをPSL∞ とすると,PSLt は式 4 で与えられる.この式は,fading の1,2,3 半減期相当時間露光した場合には PSLtは PSL∞ の 0.50,0.75,0.88 に達すること,3 半減期以上露光しても PSL は余り増加しないことを教えている.

f4 式 4

 fading速度定数と温度の間にはアレニウスの式が成立してはずである.もしそうならば,普通の化学反応と同じように露光温度を10度下げればfading速度定数は1/2になると予想される.露光時間の延長によって感度を向上させるためにはfadingによる損失をできるだけ低くするため低温露光が必要であるが,これを念頭においた詳細な検討はなされていない.しかし,不注意に低温露光すると結露によってIPを損傷する恐れがあるので,この場合には乾燥した状態で露光するような工夫をしなければならない.

 フレア現象
 RLG開発当初から知られながらその具体的なことが公表されていない現象にフレア現象がある.BASによるレーザー光スキャンは,IPの縦(IPの短辺)方向と横方向の2方向にわたって行われている.メーカーでは,前者を主走査,後者を副走査と称している.主走査は往復スキャンではなく一方向からのみ行われている.フレア現象は,主走査方向にしかも手前側により強く現れる.小さなC-14平面線源に露光したIPを用いて検討したところでは線源境界におけるフレア発生率は約0.5 %,半減の長さは約6 mm と推定された.最近,マイクロプレート 乾燥機で乾燥処理された マイクロプレート では線源ウエル(100 Bq C-14)の主走査軸に沿った隣のウエルにのみわずか(0.12 -0.13 %)ではあるが,明らかにフレア現象によるPSLbgの上昇が見られた(7).この程度の上昇は,一見無視しても差し支えないように思われるが,ROIbgの設定,WBAやTLC で高 PSLob を与える ROI の周辺部の解析では重要な意味を持っている.例えば,100 Bq の隣にROIbg を設定すると,全体を 0.1 Bq 過小評価することになる.フレア現象が疑われる場合には,走査方向を変えて調べてみる慎重さが必要である.

 散光によるクエンチング
 当初,“RLGはLSCと違ってクエンチングがない”と歓迎されたが,これは間違いである.クエンチングとはわずかな物理的あるいは化学的要因の変化で主作用が大きく弱くなることを意味する科学用語である.IPに蓄積された放射線エネルギーが散光によって失われる(クエンチング)恐れがある.メーカーは,露光された IP のハンドリングに完全な暗室操作を求めていないが,RLG を定量目的に用いる場合には散光によるクエンチングを考慮しなければならない.散光によるクエンチングがどのくらい起きているか明らかではない.IP の取出しから BAS による解析までの過程は暗室で行った方が無難である.散光は,反射を繰り返して思わぬ所にまで到達している恐れがあるので,露光容器全体を黒布で覆って露光する慎重さが必要である.

 β線の吸収に関連する事項
 RLG に限らず,軟β放射体の測定ではβ線の吸収現象が深く係わってくるが,RLGではこれに対する配慮がほとんどなされていない.
 H-3 から放射されるβ線のエネルギーは極端に小さい.したがって,H-3 の測定には保護膜のない IP(IP-TR)が用いられている.また,測定試料と IP の間に汚染防止の薄膜を置くことはできない.H-3 β粒子は マイクロプレートウエル内の空気層(5 mm)によってさえも完全に吸収されてしまうのでマイクロプレートで測定するときにはヘリウム(または水素)置換しなければならない.H-3 β粒子のFs.ab は補正できないと考えた方が良いので,RLG による H-3 の定量は諦めた方が賢明である.
 C-14 で代表される軟β放射体(S-35,Ca-45,P-33)の定量では Fs.abの補正が問題になる.P-32の場合には,β線の透過力が大きいのでFabやFs.abに対する考慮は全く無用で,むしろ cross talk に対する対策が必要になる(4).
 厚みをmg/cm2 で表した β線の吸収係数は物質の種類にほとんど依存しないことが知られている.現在,IP の保護膜や感光層及び,IP の RI 汚染防止の目的で使うプラスチック薄膜の厚みはm 単位で表示されている.画像分解能を論ずるときにはこの単位表示が必要であるが,検出感度を論ずるときには mg/cm2 で表示した厚みの情報が必要である.RLG で作成した C-14 β線の吸収曲線は,GM 計数管とアルミニウム吸収板で作成したそれとは若干異なる(8).これは,前者では IP 感光層に吸収されたエネルギーに,後者では GM 計数管に入射したβ粒子の数に基づいて作成されていることによる.6.定量全身オートラジオグラフィーのFig. 1にはAl箔(0-無限大厚み)とGM計数管で作成したC-14とPm-147の吸収曲線が示されている.また,6.定量全身オートラジオグラフィーのFig.4にはAl箔(風袋の他に0-8mg/cm2)とRLGで作成したPm-147の吸収曲線が示されている.β線の吸収曲線は広い厚み範囲(前者の場合)では完全には指数関数にならないが,狭い厚み範囲(後者の場合)では精確に指数関数になる.このような理由から,β放射体の吸収係数は,それを求めた厚みの範囲によって若干異なった値になる.C-14,Pm-147の吸収係数としてそれぞれ0.25 cm2/mg,0.16 cm2/mgを使えば大きな誤りはない.
 Fs.ab は 式 5 によって補正できる.この式において,μは吸収係数,PSL 及び PSL0 はそれぞれ厚み d 及び 0 mg/cm2 の試料の PSL 値である.試料の厚みが半価層の 6 倍以上になる と式 6 で近似できるようになる.

f5 式 5
f6 式 6

 Fs.abは,より実用的には自己吸収補正曲線から求められる.自己吸収補正曲線は,比放射能の高い線源溶液をスポットしたtissue paper(その厚みは1 mg/cm2前後)0-数枚重ねることにより,または厚みの異なる紙に一定量の線源溶液をスポットすることにより作成した線源を使って作成することができる.Fig. 1には自己吸収補正曲線の一例を挙げておく.図中には60μmで作成したラットWBA切片各臓器切片のFs.abがプロットされている.

Fig.1  Correction curve for self absorption of C-14

 

 RLG による測定では,測定試料自身のみならず測定試料をスポットした吸着材(ろ紙や TLC)による自己吸収も受けることになる.一例として,C-14 溶液を 8 mg/cm2 のろ紙にスポットして測定する場合を考える.物質濃度無限希釈の測定試料ではスポットの広がりに無関係で,ろ紙に起因するFs.ab(0.38)だけを受ける.これに対して,プラズマや尿のように測定試料自身にある厚みがある場合には,スポットの広がりによって受けるFs.abが異なってくる.後述する内部標準添加法で,ラットプラズマ 0.1 mlを RLG 用 マイクロプレートのウエル(底面積1 cm2)内で乾燥した場合のFs.abは 0.49 で,自己吸収補正曲線からその乾燥残留物量は 6.0 mg であることが分かった.いま,このプラズマ 50 μl をろ紙にスポットして1 cm2 と 2 cm2 の均一なスポットが得られたとする.前者における測定対象の全厚みは 11.0 mg/cm2,後者のそれは 9.5 mg/cm2 である.式 5 より計算するとFs.abはそれぞれ 0.282,0.331 となり,スポット面積によってFs.abが異なることが理解できよう.このことは,ろ紙にスポットして RLG を行うときにはスポット面積ができるだけ一定になるようにしなければならないことを教えている.
 吸着材の厚みの均一性についても注意しなければならない.TLCにおける吸着材の厚みは極めて高い精度で品質管理されている.これに対して,ろ紙の厚みの均一性は劣るように思われる.
 著者は,蒸発残留物量が異なる液体試料をマイクロプレートで測定する方法として,内部標準法を提案した.測定試料を 2系列作成し,一方はそのまま,他方には放射能既知の,高比放射能(Fs.abが無視できる)内部標準を添加し,RLG を行う.内部標準を添加した試料の PSL の増加量から測定試料中の放射能を算出する.この方法で 0.1 ml のラットプラズマを試料とした場合,48 時間露光で 50 mBq C-14まで定量できた.

 放射能の算出における問題点
 式 2 と式 3 は同形であるが,両者の間には本質的な差がある.すなわち,LSC では試料と BG 試料は同じように計数処理されている.これに対して,RLG ではこれらの両者は別々のところで測定され,感度及び PSLbg は IP 全面にわたって均一であるという前提で処理されている.“RLG では相関係数の極めて高い検量線が得られるので定量精度も高いはずである”と過信されてきた嫌いがある.検量線やPSLbg はあくまでもそれを検討した ROI 内での話であって,それらが IP 全面にわたってそのまま通用するとは限らない.後述するように,感度及び PSLbg には位置依存性がある.当然のことながら,BG 試料を置く領域(ROIbg) 及び標準試料を置く領域 (ROIst) はIP の周辺部に設定することになる.したがって,最も重要なことは,ROIbg 及び ROIst から得られたデータから,IP 全面にわたって感度及び PSLbg の位置依存性を補正して任意の ROI の net PSL 値を正確に評価できる方法を開発することである.

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