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4. マイクロプレートラジオルミノグラフィーとその Radio HPLC への応用

4.3 Radio HPLC のオフライン計数

 Radio HPLC の概要
 本法が適用可能な試料としては HPLC 溶離液,プラズマ,尿,胆汁,臓器ホモジネート等が挙げられる.これらのうち最も有効なのは HPLC 溶離液であると思われる.
 Radio HPLCはRI トレーサー法と HPLC をドッキングさせる技術で,薬物代謝物の検索には最も優れた要素を持っているにもかかわらず,薬物動態研究の分野であまり活用されていない.著者は「シリーズ バイオサイエンスのためのアイソトープ測定機器」の1つとしてRadio HPLC を紹介した(6)ので,詳細は同論文に譲り,ここではRadio HPLCの要点を解説する.
 Radio HPLC には,カラム溶離液を直接計数セルに導いて放射能を計数するオンライン方式と,カラム溶離液をフラクションコレクターで分画し,LSCで計数するオフライン方式がある.前者は,固体蛍光体を充填した計数セルに溶離液を導いて計数する heterogenous countingと,溶離液に液体シンチレーターを混合し,LSCの原理で計数する homogenous counting に分類される.
 次に,ピーク幅は30秒前後で,30分で溶離が終わる例をモデルにして考えてみよう.
 オフライン方式のRadio HPLCでまず問題になるのは分画時間である.これは,オンライン方式における計数試料の計数セル内滞在時間(transit time)に対応する.基本的には両者は同じように扱って良い.分画時間は,最もシャープなピークが3つの分画にわたって溶離するように(このケースでは10秒)に設定するのが最良であるといわれている.これより短くしても分離能の改善はあまり見られず(7),むしろ,統計変動のためにノイズが激しい,ピークトップが分かりにくいクロマトグラムになる.逆に,これより長いとHPLCの分離能が損なわれることになる.モデルのケースでは1試料当たり180個の測定試料が出る.
 LSCによるオフライン計数による検出限界はLSCの計数時間に依存することになる.検出感度を維持するために10分計数すると,モデル試料では30時間も1台の液シンを独占使用しなければならないことになる.このような実験計画は実施困難である.LSCによるオフライン計数では,分離能の維持と検出感度の向上は相反する要求である.このような事情から,分離能が著しく犠牲にされた,ヒストグラム状のクロマトグラムが提示されているのが実情である.
 本法によるオフライン計数では,事情は全く異なる.モデル実験では, 4枚のマイクロプレート(一度に露光可能)で全分画を測れる.24時間露光でLSCの10分計数の精度が得られる. すなわち,経費を全く考慮せずに分画時間を設定でき,同僚に気兼ねすることなく露光時間を設定できるので理想的なクロマトグラムが得られる.
 オンライン方式で,オフライン方式と同じ分離能を達成するためには溶離液(heterogenous counting)または溶離液+シンチレーター(homogenous counting)の計数セル内滞在時間をモデル試料では10秒になるように設定することになる.すなわち,10秒の計数で有意の計数を与える量が検出限界になる.薬物動態研究にはオンライン方式の検出法は感度不足であると考える.また,heterogenous countingには,測定試料が回収できるという,初心者が飛びつく魅力もあるが,検出効率を向上させるために蛍光体の粒子径を小さくすると蛍光体の表面積が大きくなる結果,吸着が激しくなって蛍光体自身がいわゆる第二のカラムになり,計数セル内滞在時間が狂ってきたり,ベースラインが上がってくるなどの致命的な欠陥がある.このような事情から,このタイプの検出法は標識体の放射化学的純度の検定という,極めて限られた目的にしか使われていない.
 要するに,オンライン計数のRadio-HPLCでは分離能と検出感度とは二者択一のものであり,両者をどこで妥協させるかは常に悩まされる問題である.メーカーから提示される資料で,高感度が要求される試料は大容積の,分離能が要求される試料は小容積の計数セルを使ってとったデータが添付されていることが多い.
 最後に,Radio-HPLCの改良に関して手短に触れておく.予備検出器で放射能が検出されたら,溶離をストップして長時間計数する方式も提案されているが,この型式では,計数時間が不均等になるほか,stop and flowを反復することによって分離能が著しく損なわれるなどクロマトグラフィーとして本質的な問題を抱えている.
 筆者は HPLC の分離能を維持したまま検出感度を向上させることができる,唯一の機構,同期加算型検出器(synchronized accumulating radioisotope detector, SARD)をアロカと共同で開発(8)し,5個の検出器からなる,HPLC-SARD を製作した.SARD の原理は,等容積を有する複数個の計数セルを縦列に連結し,各セルによって検出された計数を測定試料の移動に同期して加算させることにある.この装置では,分離能を損なうことなく計数時間を5倍延伸することができ,検出感度はそれだけ向上した.しかし,測定経費,測定感度,実験後の廃棄物処理などの点で本法に遠く及ばないことが分かった.

 他法との比較
 本法の薬物動態研究への応用については堀江氏の解説(10)がある.Fig. 2 は,0.35-2.0 Bq C-14 EPA をカラムに注入し,本法によるオフライン計数(24時間露光),LSCによるオフライン計数(3 min 計数)及び上記のHPLC-SARD によるオンライン計数で得られたクロマトグラムを比較した図である.なお,両計数方式における分離能を同じにするために分画時間は10 秒,SARD 内滞在時間は10 秒/各セル(全体で50 秒)になるように実験条件を設定した.



Fig. 2 Comparison of radio HPLC obtained by various counting methods

 

定量精度を比較した結果を Table 1 にまとめた.本法の定量性は注入量 0.35 Bq(RSD: 4.6%)でもすでに成立したのに対して,LSCによるオフライン計数では 0.70 Bq から,SARD によるオンライン計数では 2 Bq からピークとして認識された.本法の定量精度は従来の radio HPLC では全く期待できなかった値である.これらの実験結果は,本法ではLSCの10分間計数に相当する精度が得られること,LSCによるオフライン計数時間は3分間,SARD によるオンライン計数のそれは50秒間であることなどから合理的に説明できる.この実験データは,BAS の感度及び BG の不均一性に気付かない時期に行われたものである.遮蔽を強化し,露光時間を72時間に伸ばし,BAS の感度及び BG の不均一性を考慮して RLG を行なえば,0.1 Bqの検出限界も期待できる.

Table 1 Comparison of accuracy in various radio HPLC

Inj. amount RLG* LSC** SARD***
(Bq) PSL RSD(%) dpm RSD(%) cpm RSD(%)
0.35 39.6 4.6 n.d n.d
0.70 66.0 3.1 57.3 6.4 n.d.
1.0 189.2 3.0 132.4 12.9 122.0 9.7
5.0 561.1 2.8 304.6 5.0 264.3 7.3
10.0 1138.2 1.7 550.6 8.0 531.0 2.6
15.0 1720.2 2.0 807.6 3.7 732.4 2.1
20.0 2292.5 2.6 1068.2 1.4 885.7 2.0

*: Exposed in a brass chamber(30×50×3 cm,thickness 1 cm) for 24 hr.
** Counted for 3 min. ***:Counted for 5×10 sec.

 代謝物の経時変化の解明
 本法によれば容易,安価かつ高感度で,しかも HPLC 本来の分離能を活かしたクロマトグラムが得られる.このことは,複雑な代謝パターンを有する薬物に対しても各代謝物のタイムコースを,少ない経済的負担で解明できる道が開かれることを意味している. Fig. 3はその一例である.C-14 EPA をラット肝ホモジネーと5分間(A),20分間(B)及び1時間(C)インキュベートした混液の一部(833 Bq 相当量)をカラムに注入し,20秒ごとの分画を本法で測定して得られたクロマトグラムである.それぞれのピークを質量分析法で構造解析した.その結果,インキュベーション5分後にはすでにエポキシ体(Fr. no. 300-500)が生成し,時間が経過するにつれて基質やエポキシ体が消失し,ジヒドロキシ体(Fr. no. 50-250)が増加してくることが明らかになった.

Fig. 3 Radio HPLC of the metabolites of C-14 EPA and incubation time

 

 Fig.3 は,従来のラジオ HPLC のイメージを完全に一新するものである.本法は,測定経費を気にせずに分画時間を理想的な時間に設定できるので HPLC の分離能を完全に活かしたクロマトグラムが得られる.もしこれと同質のクロマトグラムをLSCによるオフライン計数で得ようとすると,各時点で 576 本のLSC用バイアルと約 6 1 の液体シンチレーターが必要であり,1 台のLSCを約 1 週間独占的に使用しなければならず,あとに LSC 廃液の処理という厄介な仕事が残る.これに対して,本法で消耗するのは12枚のマイクロプレートだけで,これも使用後はアイソトープ協会に可燃廃棄物として引き取ってもらえる.
 この方法を提案した頃には,HPLC 溶離液のマイクロプレートのウエルへの分画,PSL 読取りエリアの設定,PSL 値のプロットなどすべて人力で行っていた.今日では,ウエルへ分画するフラクションコレクター及び,PSL 読取りエリアを設定し,読取ったPSL 値をプロットしてクロマトグラムを画かせるプログラムが raytest 社から市販されている.また,マイクロプレートの乾燥はドラフト内に一昼夜放置することにより行っていたが,一度に6枚のマイクロプレートを約2時間でほぼ乾燥する乾燥機を製作した.この乾燥機によって,一日早くデータが得られるようになった.

 利点
 マイクロプレート RLGによるオフライン計数法の利点を挙げる.
 最も大きな利点は,精確な代謝パターン分析が可能になったことである.RLG を検出手段とするラジオ TLCと対比させてラジオHPLCの利点を考えてみよう.ラジオTLCは代謝パターンを手っ取り早く見るには便利であるが,分離能が劣り,どこまでを ROIとするかに主観が入る.Fg(=0.5)は高いが,保持材によるFs.abが大きく全体の検出効率は劣る.これに対して,本法は分離能に優れ,より客観的な解析ができる.カラムに注入した放射能の,例えば1/100 をウエルにとり,この PSL を基準にして各代謝物ピークの強度を比較すれば,各代謝物を百分率を求めることができる.
 本法は非破壊測定である.ピークに相当するウエルから放射能を回収して,TLC または異なった系でHPLC分析を行い,その単一性を確認したり,分光学的な方法で代謝物の構造解析をすることもできる.
 Radio HPLC のもう1つの利点として,LC-MS との共同作戦を挙げておきたい.炭素原子1個を無担体標識すると 2 TBq/mol の標識体が得られる.本法は,感度(0.4 Bq=0.2 pmol)においては LC-MS に劣るが, missing metabolites が出ない.したがって,薬物代謝物の検索研究において本法を使ってクリーンアップ及び溶離における目的物の挙動をあらかじめ知っておくことは LC-MS 分析を効率よく進めることになる.
 現在,薬物の吸収を調べる試験として C-14 標識薬物による血中濃度のタイムコースの解明が必須になっている.本法は,全放射能に代わり各代謝物のタイムコースの解明を可能にし,薬物の安全性についてはるかに有益な情報を提供することになる.

   
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