7. 研究例 |
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7.1 Ephedrine の代謝研究,技術革新と研究成果 |
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Ephedrine の各種実験動物における代謝については Axelrod の優れた研究があった(1).彼は
ephedrineを犬,モルモット,ラット及び家兎に投与し,尿中の代謝物を向流分配抽出法という当時としては最新の手段で分離し,メチルオレンジとの呈色反応を指標にして定量した.その結果,ephedrine
は,犬及びモルモットでは N-メチル基が脱離されて生成する norephedrine となって,ラットでは ephedrine のまま,あるいはベンゼン核が水酸化された代謝物となって尿中に排泄されることを報告し,薬物の代謝には実験動物間で大きな差があることを明らかにした.しかしながら,彼の方法ではメチルオレンジに呈色する代謝物,すなわち含窒素代謝物しか検索できない,内因性代謝物をephedrine
の代謝物と区別できないという大きな欠陥があった.実際,家兎では投与した ephedrine のわずか 4 % 弱しかこれらの代謝物として説明されていない. [C-14]propionic acid を原料にして[C-14]ephedrine を合成し,更に光学分割してd- 及び l-[C-14]ephedrine を得た. 次に, l-[C-14]ephedrine を各種の実験動物に投与し,尿中の代謝物を逆希釈分析法で定量した(2).この場合,C-14 activity を指標にすることによってより完璧なバランスシートが作成された. 次に,重水素ベンゼンから合成したl-ephedrine-d5を経口服用し,尿(24 時間)中の代謝物を逆希釈分析法で定量した(3).当時はまだGC-MS が完成されていない時代であったので,MS による定量は直接導入法で行った.最大の興味は,ephedrine の代謝に関してヒトはどの実験動物に最も近いかということであった.意外なことに答えは最も小さい実験動物であるマウスであった.以上の実験結果を,Axelrod の実験結果と合わせて Table 1 にまとめて示す. RI トレーサー法から安定同位体トレーサー法への展開は,当時は今日以上に強かった放射線アレルギーを避け,トレーサー法がヒトにも適用できることを立証したことである.城攻めに例えると,RI トレーサー法による動物実験は出城や櫓を落としたりするようなものである.天守閣を落とさない限り最終目的を達したことにならない.Ephedrine の実験以降,基礎的検討には実験動物を使ったが,最終的には全て安定同位体トレーサー法でヒトで実験した. Ephedrine に関する一連の研究を,南原教授が主催された第四回薬物代謝シンポジウム(仙台,1972年 9 月) で発表した.数日後,第一化学の長谷川氏が来学され,アメリカでも安定同位元素の医学・生物学への応用に関する関心が高まっている,日本でも研究会を発足させようと提案された.このような経過で,エーザイ(藤田氏),三共(進藤氏),第一化学(長谷川氏),第一製薬(佐野氏),日本化薬(宮崎氏),山之内(佐渡氏)の薬物動態研究者が定期的に集まって,勉強会「安定同位元素研究会」(SI 研究会と略称)を開くことになった.なお,このシンポジウムの第1回(千葉)は北川教授が,第2回(京都)は塚本教授が主催された.前者では,有機水銀が脳に蓄積することをWBAで証明された,白木教授(東大)の特別講演の座長を筆者が仰せつかった.後者では,ここに紹介した研究成果を報告した.北川教授が始められたシンポジウムや安定同位元素研究会等が薬物動態学会の源流である. (1) J. Axelrod, J. Pharmacol. Exp. Therap., 1953,62. (2) 馬場茂雄,榎垣一憲,松田暁忠,長瀬雄三,薬誌,92,1270(1972). (3) 馬場茂雄,川井邦男,薬誌,92,1534(1972). |
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