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9. β放射性同位体定量測定法としてのラジオルミノグラフィーの再評価

9.4 測定試料の調製

生物化学系実験で出てくる測定試料のほとんど全ては溶液である.たとえ,固体であっても溶液にすることができる.RLGでは,個々の溶液試料をある面積にわたって均一に分散させ,溶媒を蒸発乾燥させたのち露光する.この場合,3. ラジオルミノグラフィーによる放射能の定量測定で解説したように,検出効率を変動させるのは個々の試料の厚みの違いに起因するFs.abだけである.溶液を均一に分散させる方法として,吸収性の強い紙にスポットして乾燥する方法とマイクロプレートのウエルにとって乾燥する方法がある.

 ろ紙にスポットする方法
紙にもいろいろある.6.定量全身オートラジオグラフィー Fig.6 Images obtained in the proposed quantitative WBAにはティッシュペーパー(1.4 mg/cm2),障子紙(6.5 mg/cm2),及びろ紙(8.0 mg/cm2)にいずれも10 μl(10Bq)をスポットし,乾燥して得られた試料の画像が与えられている.Fs.abの観点からは薄い紙,ティッシュペーパーが望ましいが,この紙では液体保持能(せいぜい,10μl)が小さく,厚みも不均一で理想的なスポットは得られない.これに対して,ろ紙の場合にはより理想的な画像が得られている.ポリエチレンを裏ばりしたろ紙にスポットし,RLGでプラズマ中のC-14を測る方法が三共の薬物動態研究グループによって,RLGが開発された頃から提案されている(5).
ろ紙にスポットする方法において確認しておかなければならないことは,ろ紙の厚みの均一性である. Fig.4から分かるように,例えば,6.0 mg/cm2のろ紙(Fs.ab=0.48)を使った場合,ろ紙の厚みにおける±1 mg/cm2の変動がFs.abに±0.038の変動をもたらす.

 マイクロプレートラジオルミノグラフィー
筆者は,液シンに代わる方法としてマイクロプレートRLGを提案した(6).この方法の骨子は,RLG用に設計したマイクロプレートのウエルに液状試料を取り,乾燥してRLGを行うことにある.詳細は4. マイクロプレートラジオルミノグラフィーとその Radio HPLC への応用 に譲る.マイクロプレートの定価は600円である.本法では一度に6枚のマイクロプレート(288試料)を測定できる.IPの定価は7万円で高価なように思われるが,RI汚染と湿気に注意すればIPは何十回も反復使用できる.測定済みマイクロプレートは可燃廃棄物としてガラスバイアルより低手数料で日本アイソトープ協会に引取ってもらえる.本法による1個当たりの測定経費は,廃棄処理代を含めて1試料当たり20円未満である.露光前に,試料の乾燥という操作が必要であるが,測定後の試料の保管や廃棄の作業は液シンより遥かに簡単である.この方法が最もうまく適用できるのはラジオHPLCにおけるオフライン計数法としてである(7).その他プラズマや尿等水溶液試料にも適用できる.
C-14以外の核種についても簡単に触れておく.
H-3(0.0186MeV)の最大飛程は0.6mg/cm2 で,これはウエルの空気層の厚みに相当する.H-3は,マイクロプレートのウエル相当部分に窓を持つスペーサーを介し,ヘリウム気流中,H-3 用 IP に露光することによって辛うじて測定できるが,自己吸収が著しいので,この核種のRLG による定量は諦めた方が賢明である.
S-35,P-33,Ca-45などは,C-14とほぼ同じエネルギーレベルのβ線を放射するのでこのマイクロプレートがそのまま使用できる.
P-32(1.71 MeV)は高エネルギーのβ線を放射する.この核種を本法で測定すると,ウエル側壁を透過したβ線が隣のウエル領域にまで達し,いわゆるクロストークを起こすので,このマイクロプレートでは測定できない.P-32 は,プラスチック皿(内径11.3 mm,外径13.3 mm, 深さ 4.5 mm,底厚み0.5 mm)にとり,ちょうどこの皿が挿入できる穴を15 mm 間隔(中心から中心)で穿った真鍮板へ埋め込んで露光すれば極めて高い感度(24時間露光で6 mBq,クロストークは0.2%)で測定できる(8).P-32を普通の計数管で長時間に渡って計数すると,減衰を補正しなければならないが,この場合には,一括測定になるのでその必要はない.これもRLGのメリットの1つである.
次に,ラットプラズマを試料としてろ紙法とマイクロプレート法を比較してみよう.後述する内部標準添加法で,ラットプラズマ 0.1mlをマイクロプレート内で乾燥した場合のFs.abは 0.49 で,自己吸収補正曲線からその乾燥残留物量は 6.0 mg であることが分かっている.
物質濃度無限希釈の測定試料ではスポットの広がりに無関係で,ろ紙(例えば,8.0mg/cm2)に起因するFs.ab(0.38)だけを受ける.これに対して,乾燥した場合測定試料自身にある厚みがある場合には,スポットの広がりによって受けるFs.abが異なってくる.いま,このプラズマ 50 μl をろ紙にスポットして1 cm2 と 2 cm2 の均一なスポットが得られたとする.測定対象の全厚みは前者では11.0 mg/cm2,後者では 9.5 mg/cm2 で,Fs.abはそれぞれ 0.28,0.33 と算出される.スポット面積によってFs.abが大きく異なることが理解できよう.したがって,ろ紙法ではスポット面積ができるだけ一定になるように試料調製することがこつである.これに対して,マイクロプレートの場合には露光試料は常に一定面積になり,0.1mlのFs.abは 0.49になる.マイクロプレート法では,Fgが低く,空気層による吸収損失もあるが,保持材に起因する自己吸収がない,試料の広がりは常に一定に保たれる及び試料サイズ(0.4ml)が大きいなどの利点が挙げられる.また,需要があればさらにキャパシティーが大きく,Fgの高いマイクロプレートの実用化も可能である.例えば,底面積2cm2,深さ3mmの24穴マイクロプレートのFgは0.25である.

筆者は,蒸発残留物量が異なる液体試料をマイクロプレート法で測定する方法として内部標準法を提案している.その骨子は,測定試料を 2系列作成し,一方はそのまま,他方には放射能既知の,高比放射能(Fs.abが無視できる)内部標準を添加してRLG を行い,内部標準を添加した試料の PSL の増加量から測定試料中の放射能を算出することにある.この方法で 0.1 ml のラットプラズマを試料とした場合,48 時間露光で C-14 50 mBqまで定量できた.
   
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