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7. 研究例

7.9 C-13 標識-核磁気共鳴トレーサー法の提案

 著者が C-13 と関わったのは1974 年頃であったと記憶している.安定同位元素研究会(7.1 Ephedrine の代謝研究,技術革新と研究成果参照)から,当時は大変高価であった [C-13]BaCO3 を恵与され,C-13 が薬物動態研究に利用できるか否かの検討を委託された.まず,濃縮過程で混入の恐れのある C-14 の量を測定し,その量は問題にならないことを確かめた.次に,筋弛緩薬,3-phenylpropylcarbamate の H-2 及び C-13 標識体を合成し,ヒトにおける代謝を研究し,両同位体の標識としての優劣を比較した(1).
 C-13 は高価であり,多重標識が難しいなどの理由から安定同位体トレーサー法の時代になってもその利用は呼気分析など特殊な場合に限られていた.C-13 は標識の安定性においても,生物学的同等性においても最も優れた標識同位体である.C-13 NMR の感度は悪いという先入観があり,C-13 NMR を薬物動態に適用する酔狂な研究者はいなかった.しかし,感度が悪いのは,C-13 が1.10 % しか存在しないことによる.100 % 濃縮した C-13 標識薬物を使えば感度は100 倍向上する.NMR の性能も飛躍的に向上した.C-13 NMR 信号は極めて特異的であるので,1炭素原子を C-13 標識した薬物をトレーサーとすれば,標識 C-13 の NMR 信号は代謝物ごとに異なった位置に現れる.このことは,「定量のためには各代謝物を分離しなければならない」という鉄則から逃れられ,「試料をまるごと測定して各代謝物を量れる」という,全く新しい動態研究法が開かれることを意味している.
 こんな都合の良い話が実現するか否かを,最も簡単なモデルである,安息香酸(BA)の馬尿酸(HA)への代謝について検討した. [7-C-13]BA 100 mg を経口服用し,尿を採取した.尿 10ml に,グリシン残基を C-13 標識した HA を内標として添加し,そのまま Brucker AM-400 NMR で10 分間測定した.その結果,提案した方法は充分な精度と感度を有していることが実証された(2).
 水素と結合している炭素の C-13 のNMR 信号の強度は 4 級炭素のそれよりも約10 倍高い.したがって,ベンゼン核を C-13 標識した BA を用いる方がより高感度追跡できる.炭素からアセチレンを経てベンゼンを合成するルートは,低バック液シンの測定試料調製に使われたことがあるほど一般的なルートであるが, NMR を検出手段にする場合には,多重標識体は not recommendable である.最近, [2-C-13]acetone と nitromalonaldehyde から[4-C-13]BA を合成するルート(Scheme 1)を開発した(3).このルートによれば出発原料を選ぶことにより,ベンゼン核の1,2+6,3+5,4 を標識することができる.
 Fig. 1 は,10 mg の [1,3,5-C-13]BA 10 mg を経口服用し,記載した時間ごとに採った尿を1/10 に濃縮し,1 ml をプロトンデカップリング下に得られた NMR である.服用した BA は 4 時間でほぼ全量 HA として排泄されることを示している.検出限界は 50 nmol であった(4).図中の * は内因性 HA の 2(6)-C の信号である.HA の 3(5)-C の信号強度は 2(6)-C のそれとほぼ同じと考えられる.尿中に最も大量に存在するのは尿素,ついで馬尿酸である.すなわち,薬物の代謝物はこれよりもバックグラウンドの低い状態で検索できるはずである. また,NMR 測定時間を更に延伸すること,測定試料量を大きくすることなどによって感度の向上も期待できる.
C-13の NMR による検出法には, C-13 に結合している H-1 を検出する方法(HMQC)もある.この方法によれば H-1 NMR の感度で C-13 を検出できる魅力がある. Fig. 3 は,前記の尿(0.5〜1 時間)試料でC-13 に結合している H-1を検出した過程を示す.A は尿試料のH-1 NMR である.B は HMQC法で C-13 に結合しているH-1 のみを検出したH-1 NMR である.C は C-13 decoupling して検出したH-1 NMR である.感度を5倍にして測定したスペクトルの s/nから検出感度はかなり高いと考えられる.A からCの過程を見ると,干し草の山から1本の針を探すような感がある.NMRによる検出は非破壊的であることを強調しておく.代謝物を両核種のNMRから検出することにより多くの情報が得られると期待している.
 15年ほど前の話である.塚田祐三慶応大学教授(当時)等が中心になって C-13 医学応用研究会が発足し,毎年秋に研究発表会を開くことになった.著者も発足当初から幹事として参加していたが,その第7回研究発表会を主催した.C-13 標識薬物を投与し,体外からその行方を追跡するのが夢であった.
(1) M. Horie, S. Baba: Chem. Pharm. Bull.,26, 1039(1978).
(2) 馬場茂雄,明楽一己,佐久間千勢子:薬誌,110,586(1990).
(3) K. Akira, H. Hasegawa, S. Baba: J. Labelled Compd. and Radiopharm.
36, 845(1995).
(4) S. Baba, K. Akira, H. Suzuki, M. Imachi: Biol. Pharm. Bull. 18,643(1995). K. Akira, N. Takagi,S. Takeo, H. Shindo and S. Baba: Anal. Biochem., 210, 86 (1993). 
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