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12. 低バック液体シンチレーションカウンタのマイクロドージングへの応用

はじめに

長年に渡り,わが国では微量といえども14C 標識体をヒトに投与することはタブーであったが,最近このタブーが見直され,14C 標識体を用いてヒト代謝実験,マイクロドージング(MD),別名Hot ADMEを実施しようという気運が高まってきたことはご同慶の至りである(1,2).

MDには加速器質量分析法(装置を含めて,AMS)が提案されている(3,4,5).“AMSは試料中の14Cの個数を直接測定するので,崩壊数を計測する方法に比べて約1000倍高い感度を備えている”と主張されているが,筆者は低バック液体シンチレーション計数法(Low BG LSC)がより有効な手法と考える(6).その論拠を簡単に述べよう.そもそも原子の個数を数える方法は存在しない.1個の14C原子核が1分間に崩壊する確率は約6×109分の1であるが,相手はアボガドロ数(6×1023)の世界である.確率が6×109分の1ということは,裏返せば6×109個(=10 f mol)当り1分間に1個の割合で崩壊している,すなわち,1 dpmということである.また,原子核の崩壊エネルギーは普通の化学エネルギーの10万倍も高いレベルで起っているので,例えば30 mLの尿中に存在する14Cの崩壊の1つ1つをそのまま検出することができる.測定可能な試料量(AMSではグラファイトにして0.1m mol)当りで比較すると,Low BG LSCの方に軍配が上がると考えている.

AMSでは14C 量をmolの次元で求めている.放射能のSI単位はs -1の次元を持つBqである.Bqとmolは次元の異なる物理量で,相互に転換できない.従って,AMSを測定手段にする時には,投与量を含めて全ステップに渡って14C の量はmol量で与えられるべきである.

Low BG LSCでは,各試料のβ線波高スペクトルが電子媒体に記録されているので,必要に応じて任意の試料のスペクトルを呼び出し,測定が正しく行われているかを確認することができる.AMSでも,質量スペクトルを提示し,分析が正しく行われていることを検証できるようにしておくことが必要である.

普通,薬物分子の1箇所を無担体14Cで標識した標識薬物(1.4×1011 dpm/mmol)が使われている. 5 mLの尿を試料とし,Low BG LSCで100分間計数したときの定量限界(LOQ,BG値の10 SD)は0.5 dpm/mLである.すなわち,この標識薬物を使えば,3.6 f mol/mL urine まで定量できるということである.この感度は,Low BG LSCを使えば1 n mol/man の14C標識薬物投与で尿排泄を精度良く調べることができることを意味している.

本章では,MDに必要な核化学の基礎を復習し,Low BG LSCの原理,性能,β線の波高分析など,低レベル放射能の測定法を解説し,14C標識体による放射線障害の問題,BG値の変動などMDを取り巻く諸問題について私見を述べる.

筆者は,Low BG LSCを使えば,誰でもMDに参加できることを確信しており,MDが普及して薬物の安全性と有効性をより合理的に議論できる態勢が整うことを願っている.また,Low BG LSCは,figure of merit(後述)で評価すると汎用型LSCに比べて3倍高い性能を有している.同じ経費と,時間をかけ1半減期以上も低濃度まで追跡できることを意味している.


1. 核化学の基礎
核子,同位体,核種,放射性壊変,壊変エネルギー,電子ボルトeV
放射能の単位
放射性壊変の種類
放射線の検出

2. β線波高スペクトル
ヒト尿のβ線波高スペクトル
計数効率とバックグラウンドの妥協の問題
β線波高スペクトルと分子スペクトル

3. 低バック液体シンチレーションカウンタ
液体シンチレーションカウンタの進歩
Low BG LSCの構成
測定精度の比較
最適ウインドウで計数することの重要性
Low BG LSCの経済効果
Low BG LSCにおける選択肢
MDにおけるLow BG LSCと AMSの比較

4. マイクロドージング試料の14C 量を精確に量るために
計算式と内部標準添加法
BGの変動とその補正

5. マイクロドージングを始めるに当たって
MDに伴う放射線障害は杞憂,それよりこわいcross contamination
投与量と試験項目
将来の展望

おわりに

参考文献


   
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